柴崎良太、42歳。中堅のメーカー勤務、営業職。
特別な実績もない。出世もそこそこ。同期は部長や課長になっていくなか、自分は係長止まり。
部下からの尊敬も薄く、社内評価も「真面目だけど地味」。
それでも、彼は誰より早く出社していた。
朝4時、まだ街が寝静まっている時間に、柴崎は会社近くのカフェにいた。そこで一人ノートPCを開き、提案資料を磨き続けていた。
なぜそこまでするのかと聞かれたことがある。
「俺、要領が悪いんですよ。だから、人の2倍やらないと、同じところに立てない」
実際、柴崎は失敗続きだった。大型案件では最終プレゼンで競合に負け、小口案件を地道に拾っては営業成績をかろうじて維持する日々。
同僚に「そこまでして何になるの?」と笑われたこともある。
「報われるかどうかなんてわかんないし」と。
彼は笑わなかった。ただ、静かに言った。
「でも、勝ってるやつはみんな、やってるよ。見えないところで、ちゃんとやってる」
そんなある日、社内で新規事業部門の立ち上げが発表された。立候補者を募るという。
「無理だろうな」と思いながらも、柴崎はいつも通り、夜中まで資料を作り込んで提出した。
面談では、役員がこう言った。
「君の企画、ずっと“あと一歩”だった。でも、今回の資料は、説得力が違った。積み重ねてきたものを感じたよ」
結果、柴崎はまさかの選出。
彼の企画した「地域企業向けの業務改善パッケージ」は半年後、社の新規事業として正式採用された。
今、彼は部下を持ち、小さなチームのリーダーとして忙しく動き回っている。
毎朝のカフェ通いは、今も変わらない。
ある日、若手社員がぽつりと聞いてきた。
「柴崎さん、いつからそんなに努力してたんですか?」
柴崎はカップを置いて言った。
「“そんなに”じゃないよ。ただ、誰にも見られてなかっただけさ。ずっとやってた」
努力は、報われるとは限らない。
でも、あきらめず続けた努力は、ある日“見える努力”に変わる。
それは、誰かが見ていたという奇跡かもしれないし、
ただ、自分があきらめなかったという証かもしれない。
朝4時の男は、今日も静かに未来を作っている。
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