桐山直人、39歳。中堅IT企業の営業課長。
真面目、責任感あり、だが華がない。営業トップでもなければ、社内の人気者でもない。ただ、ひとつだけ、彼には人より強く意識していることがあった。
「人と同じスピードで動いてたら、勝てるわけがない。だったら、人の2倍考えよう」
出世コースからは外れていた。同期のほとんどは課長より上に昇っていた。
けれど彼は、愚直に、自分のチームの数字と向き合い続けていた。
ある日、会社が新しい営業戦略を発表した。「AIによる自動スコアリングで提案の効率化を図る」というものだった。いわば、どの顧客に何を売るかを、システムが判断してくれる仕組みだ。
若手たちは「これでもう、考えなくてよくなるっすね」と笑った。
桐山は黙っていた。
夜、自席に一人残り、桐山はAIのレコメンドをすべて手書きで逆分析していた。
「このスコアリング、数値は正しい。でも、“人”が見えてないな」
翌週の営業会議。AIの指示通りに動いたチームは成約率が下がりはじめた。「誰がやっても同じ提案」が、顧客に響かなくなっていたのだ。
桐山だけは違った。
彼はあえて、スコアの低い顧客に、手書きの資料と個別ヒアリングを重ねて提案を続けた。AIが「非効率」と切った相手の“本当の課題”を拾いにいった。
1ヶ月後、他のチームが苦戦する中、桐山チームの売上は唯一プラスを記録した。
役員会議でその理由を問われたとき、桐山はこう答えた。
「効率化は素晴らしいことです。でも、“考えること”をやめたら、仕事じゃなくなります。僕らがAIに勝てる唯一の強みは、“人の気持ちを考えること”ですから」
その言葉が、社長の胸に刺さった。
翌月、彼は営業企画部の部長に異動となり、「人とAIが協働する営業モデル」の立案責任者になった。
同僚の一人が言った。
「地味に生きてたやつが、最後に持ってったな」
桐山は笑って、静かに言った。
「勝てた理由?…誰よりも、考えたんだよ。ただ、それだけ」
派手な武器も、カリスマ性もいらない。
地味でもいい。正面から、何度でも考え抜けば、最後にちゃんと勝てる。
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